CRECOMを創った人ってどんな人?Vol.1~幼少期から少年期~

はじめまして
CRECOMというクリエイティブコミュニティを
運営しているChaiです。

本日は少し砕けたテーマで
記事を書いていこうと思います。
最近よく読者さまから質問を受ける
「CRECOMを創った高井直人さんって
どんな人ですか?」という事について
お恥ずかしながら【自己紹介】させて
いただきたいなと思います。

✔︎幼少期の振り返り
✔︎少年期の振り返り
✔︎自己分析をするために

そんな事をボクの話から考える
きっかけになれば嬉しいです。

 ここまでに経験した事~幼少期から少年期~

私、高井直人は1993年8月24日に兵庫県にある
京都の県境の「猪名川町」という街で生まれました。

直人という名前は

“素直でまっすぐな人になって欲しい”

という母親の想いが込められている。
成人するまでは実はナオトという音が
あまり好きではなく、自分の中では
好みではない名前だったのだが

今は母親のこの想いが私の
最も目指すべき姿だと人生の目標でもあるため

「直人」

という名前がとても好きですし
誇りに感じています。

少年期までの私はある意味ここでも
素直ではなかった頑固者です。

■ 幼少期の私の経歴

「阪急日生ニュータウン」というニュータウンで
生まれ育った私は、実の3人の兄以外にも兄の同級生や
近所の友達の兄姉が、親戚のような繋がりで
人に囲まれて育ちました。

今ではなかなか実現できないが

5家族ほどが車で列を作り
キャンプやスキーに行った事が懐かしい。
10人~15人ほどの子供達で食卓を囲むことも珍しくなかった。

この幼少期に経験した

《年上の人たちに囲まれた環境》

が今後10年ほど続く【私の潜在的な性格】に
影響してくるとは流石にこの時はわからない。

とにかく、常々たくさんの人に
囲まれた私だったので気づけば
大人たちの顔色を伺いながら
「お行儀よくする」事を体で覚えていく。

今では考えられないかもしれないが
当時の私は、「大人しかった」のです笑。

■ 少年期の経歴

小学生高学年になった時
私にとって一つ目の人生のターニングポイントとなる
人との出会いがありました。

5年6年を担当してくれた森田裕子先生です。

大人になった今でも
毎年1月3日にご退職された先生のご実家に
いって御馳走を頂きながら同級生と一緒に
一年の近況報告をする仲です。

私は海外インターンのため行けなかったですが
私を除く他の同級生と定年退職された先生と5人で
《スペイン旅行》に行くのですから私たちの関係性が
普通のそれとは違ったほどに濃いことが伝わるだろうか。

先生に教わったことは

・命の大切さ
・人との関わり方
・諦めない心
・好きな事をやり続ける大切さ

です。

今では酒の肴になるほどの笑い話になりますが
こんなに好きな先生なのに口を開けばみんな

「怒られたエピソード」か
「先生が泣いていなくなったエピソード」しか

出てこないのだから
なんとも情熱的な小学生活だったか想像できる。

■ 受験の失敗から

そんな中同級生にも忘れられるのだが
私は母親の薦めで「中学受験」に挑戦していました。
関西では有名な国立中学ー「大阪教育大学附属池田中学校」です。

ここでの塾の先生、谷口先生もまた
「永遠の18才」を名乗るパワフル先生なのだが
またの機会にお話いたします。

何より昔から勉強が大嫌いな私は
高額の塾費支払ってくれていた
両親に今となっては大変面目ないのだが
いかに勉強をせずに逃げ切るか
そんな姑息な事を毎日考えていました。

結局失敗した受験勉強でも、
お陰様で中二までの知識は
半ば強制的にインプットできましたが

どちらかというと身についたものは
今にも通ずる

《身のこなし力

うまく嫌なことから逃げて
自分の好きな事ができる時間を見つける
そんな何とも親不孝な妙なスキルを付けました。

■ 地元で花を開く”自己表現”

結局、今までの幼なじみの友達と一緒に
地元の町立の中学校に進学した私は
受験失敗で、落胆した両親の期待を挽回しようと
次々に新しい挑戦をしていくのです。

・学級委員長
・生徒会
・オーストラリア派遣団
・2年連続文化祭主演
・体育祭 委員長

「やりたい!!」と思ったら周りの人が
何と思おうが、恥も忍んでも立候補する。

“手をあげる勇気さえボクにあれば
ここではどんな夢だって叶えられる!!”

という名言を残していたので
いかに自己中心的だったかわかる。

大人になってわかったのだが
当時の私は「ナルシストの代名詞」とも
言えるほど自分に自信があった。

なんでもできる自分はすごい!!

などと勘違いしていたが
今振り返れば、

なんでもしたいというボクを尊重していくれた
周りの友人たちが寛容だった

だけとしか思えない。
成功と、そして
この後に繋がる失敗の少年期だった。

 潜在的に好きだったモノを知ることができるのが幼少期

さて、そんな私の幼少期から少年期の
エピソードをご覧頂きありがとうございます。

せっかくなので
ただただ私の昔話で終わらすではなく
みなさんの「概念」にも繋がるお話ができればと思います。

■ 幼少期から紐解く「潜在的興味」

よく”自己分析”などというが
正直なところ「答えが過去にある」とは限らない。

それは、「成長」という事であり
決して昔はこうだったからこうするのが
本来の私らしいなどと洗脳する必要はないと思う。

「今やりたい事、それが正解だ」

ただし、自分の潜在的な性質を知ることは
その上でもとても便利で効果的だと思う。

私の場合は
「人に囲まれた環境」で育ったことによって

✒︎ 良い潜在的な性質

・社交性が高い
・誰にでも合わせられる
・コミュニケーション能力が高い

✒︎ 悪い潜在的な性質

・人の目を気にする
・評価を気にする
・体裁を整える(お行儀よく)

こうした性質は否定する必要はなく
受け入れてあげましょう。

こういう性格になるのは

✔︎ 育った環境
✔︎ 育てられ方(ルール)

なので、自分は決して悪くはないですし
仕方のないことです。
だから、そんなありのままの自分を
受け入れられることが、

この『幼少期の振り返り』では
非常に重要になってきます。

 自分のできる事とできない事を理解できた少年期

さて少年期はどうでしょう。
おそらく人と生活することに慣れ始め

・自分の役割やキャラクター
・自分ができること

を何となく感じる時だったのではないだろうか?

例えば日本の義務教育では
学級委員長や体育委員、係などの役割決めが
学期初めにプログラムされている。

挙手性で大いに盛り上がったこともあるだろう。

確かに自分が狙った仕事を得られるかどうかは
ハラハラドキドキの一世一代の大勝負かもしれない。

だが一方で

体の小さな女の子はおそらく
「体育委員」には立候補しないだろうし
バリバリのスポーツマンの男の子は
「図書委員」などに立候補しにくいだろう。

きっとみんな「何となく」

「自分はこういう人間だから、こういう仕事が適任だ」

と思い、行動の制限がかかっていたに違いない。

良くも悪くも、これが
「集団行動」の義務教育の成果物だ。

私は、当時を思い返せば

楽しかったことも、
嫌な思い出も同じくらい思い出される。

おそらく
小学5年生から中学3年生を思い出せば

多くの方が同じように
楽しい思い出も嫌な思い出も
同じくらいあるのではないだろうか。

■ 自分ができた事を褒めて欲しい!!!

そんな大変な時期だったからこそ

そんな中でも、頑張ってきた事を
私は最大限に褒め称えてあげて欲しいと思う。

私の場合は

✒︎ 嫌な思い

・目立ったからこそ叩かられた。
・体が小さかったから喧嘩で押さえつけられた。
・弱音を誰にも吐けなかった。

✒︎ そんな中頑張った事

・成績はずっと上位だった!
・オーストラリア派遣団に選ばれた!
・めげずに行事では主役をかって出た!!

確かに、小中学校では
無情ないじめも起こりうる。

そんな辛い経験をしてきた人たちとも
何度も話したことがある。

私自身、全くのいじめが
なかったかと言えば嘘になる。

・いじめて傷つけたこともあるし
・いじめられて傷ついたこともある

今では抱き合って再会するほど大親友も
中学2年の時は許せないほどに憎んだこともあった。

少し過激な表現ではあるが
私が言いたいのは「それもまた仕方なかった」
受け入れることも今の自分にとって
良いことかもしれないと思う。

決して無かったことにするのではなく
そうした自分の悲しい過去の中でも

✔︎頑張ったこと
✔︎できたこと

これが、何よりも少年期を思い返すのに
とっても大切なことだと思う。

自分は弱く無かった!!
強かった!!あんな状況でも
こんなにもたくさんの事を
頑張ったじゃないか!!!!

そんなマインドセットを
私は悪いとは一ミリも思わない。

 自分の歴史から学ぶ哲学①

さて、私の過去の話から
私が過去を振り返る時に気をつけている事を
今回は記事にさせてもらったのだが、いかがだっただろうか?

最後に15歳までの私の人生から学んだ事を
一つの「方程式」にしてシェアして終わりたい。

■ 夢の叶え方
=想像力×創造力×アイドル力

①想像力

子供の頃は、とてもユニークだった。

・友達を題材にしたカードゲーム
・爪楊枝で作った大迷路
・妄想し続けた漫画
・新しいトランプゲーム

など、恥など知らぬ幼少期から私はずっと
「少年」のまま育ったように感じる。
今では、こんな発想は生まれないとサジを投げるほど
当時の私はユニークで、何より馬鹿馬鹿しかった。

②創造力

今思い返せば、
休みの間はずっと何かを作っていた気がする

上にも書いたように
やりたいことは、手間のかかることでも没頭した。

今思えば結構面倒なことも
大概は1日で終わらせていた。

当時の集中力は素晴らしい。
子供の本気を思い出したし
自分にもそうしたポテンシャルがあったことに気づいた。

③アイドル力

勘違いしないで頂きたいのは
決して私はアイドルでも無かったし、
アイドルになれるとも思っていなかった。

ここでいう「アイドル力」とは

・自分が何かの主人公であるという自覚
・スポットライトが当たっている感覚
・「見て欲しい!!」という気持ち

のことだ。

控えめな女の子でも、
自分の時間の時には必ずあったはずだ。

“自分がどこかの国のお姫様なんだ”
“集めたお花コレクションを見て欲しい!”
“ヒーローになり切って友達と
戦う時は、自分にスポットライトが当たっていた”

はずだ。

そんなモチベーションを
大人になっても忘れないで欲しい。

 
社会に出るとこれらは

・自己中心的
・承認欲求
・わがまま

などと揶揄される。もちろん大人になれば
コントロールが必要だ。コミュニケーション能力を磨けば良い。

だけど

大切なのは、自分も子供の時は
「主人公」だったこと
だ。

だからもっともっと、自分らしく
自信を持って自分の人生をクリエイトしていって欲しい
 

それがどんな人にも眠る
最高の『潜在的な性質』の一つなのだから。

▼クリエイターという生き方が何か?
気になる方はこちらの記事も読んでみてください。

2020.5.13 Takai Naoto


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誰よりも自分らしく、 旅するように豊かな人生を。

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